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【地質学旅】宮古島の海に「磯の香り」がない科学的理由。琉球石灰岩が作った奇跡のフィルター

こんにちは、Compass Travel 編集長の結城 浩翔です。

大学院で地質学を専攻していた私にとって、宮古島は単なるリゾート地ではなく、「現在進行形で変化し続ける巨大な炭酸塩堆積場」として映ります。

皆さんは、宮古島に降り立った瞬間、ある「違和感」を覚えませんでしたか?

那覇や本土の海で感じる独特の「磯の香り」が、ここにはほとんどないのです。そして、海の中を覗いても、ゆらゆらと漂う海藻が極端に少ない。

圧倒的な透明度を誇る「宮古ブルー」と、「東洋一」と称される与那覇前浜の純白の砂。

これらは偶然の産物ではありません。地質学的な必然、すなわち「琉球石灰岩(Ryukyu Limestone)」という地質が生み出した必然的な帰結なのです。

今回は、ハンマーの代わりにキーボードを手に、宮古島の美しさを「地質学と地球化学」の視点から紐解いていきます。

1. 島全体が「巨大なスポンジ」である

宮古島の海岸環境を決定づけている最大の要因、それは島全体が第四紀更新世(約120万年前〜)に形成された「琉球石灰岩」で覆われていることです。

河川の発達を阻む「多孔質性」

地質屋として露頭(地層が見えている崖)観察をするとよく分かりますが、琉球石灰岩はサンゴや有孔虫の遺骸が固結したもので、スカスカの穴だらけ(多孔質)です。有効空隙率は場所によって30%近くにも達します。

このため、宮古島に降った雨は、地表を流れることなく瞬時に地下へと浸透します。これが、宮古島に山地から海へ土砂を運ぶ大規模な「河川」が存在しない理由です。

  • 一般的な島(火成岩など): 雨 → 川 → 土砂(粘土鉱物)を含んで海へ → 海水が濁る
  • 宮古島(石灰岩): 雨 → 地下へ浸透 → ろ過される → 海水が濁らない

陸源の砕屑物(泥や砂)の供給が遮断されていること。これが、宮古ブルーが驚異的な透明度を保っている物理的な第一要因です。  

2. 地下で起きている化学反応:炭酸カルシウムの溶解

地下に浸透した雨水は、不透水層である島尻層群(泥岩)の上を流れ、地下水となります。この時、岩石と水の間で興味深い化学反応が起きています。

天然のアルカリプラント

弱酸性の雨水が、炭酸カルシウム($CaCO_3$)の塊である石灰岩の中を通過する際、以下のような平衡状態へ向かいます。

 CaCO_3 + CO_2 + H_2O \rightleftharpoons Ca^{2+} + 2HCO_3^-

この反応により、宮古島の地下水はカルシウムイオンと重炭酸イオンを豊富に含んだ**「弱アルカリ性(pH 7.5〜8.2)」の硬水**へと変化します。 この水が、沿岸の至る所から海底湧水(SGD: Submarine Groundwater Discharge)として海へ注ぎ込んでいます。

この湧水は、海を内側から「洗浄」するポンプの役割を果たし、湾内の海水の滞留を防いでいるのです。

3. なぜ「磯の香り」が消えるのか?

ここからが、地球化学的な謎解きの面白いところです。なぜ、宮古島の海は「磯臭くない」のか。

嗅覚の化学:DMSの欠如

私たちが「磯の香り」と感じる正体は、主に**ジメチルスルフィド(DMS)**という揮発性硫黄化合物です。これは、海藻や植物プランクトンが死滅・分解する際に発生します。

宮古島の沿岸環境は、このDMSが発生しにくい条件が見事に揃っています。

  1. 貧栄養(Oligotrophy): 川がないため、植物プランクトンや大型海藻の主食となる「窒素・リン」が陸から大量供給されません。
  2. バイオマスの制限: 栄養塩不足により、腐敗臭の元凶となる大型褐藻類(コンブ目など)が繁茂できません。

サンゴ vs 海藻の陣取り合戦

「栄養がないなら海も死んでいるのでは?」と思うかもしれませんが、逆です。 サンゴは共生藻(褐虫藻)と物質循環を行うシステムを持つため、貧栄養で透明度の高い水を好みます。一方、海藻は外部からの栄養供給に依存します。

結果、宮古島では「海藻が負け、サンゴが勝つ」という生態的遷移が起きています。ヌルヌルとした海藻が少なく、硬質なサンゴが広がる。だからこそ、あのクリアで無臭な海が維持されているのです。

4. 堆積学で見る「与那覇前浜」の白さ

私が宮古島で最も地質学的興奮を覚えるのが、与那覇前浜の砂です。

あれは岩石の風化片ではありません。100% 生物源(Bioclastic)の堆積物です。

砂の組成分析

ルーペで砂を観察すると、その正体が分かります。

  • サンゴ片
  • 有孔虫(バキュロジプシナなど)
  • 貝殻片

これらはすべて純粋な炭酸カルシウムです。もし川があって陸の岩石(石英や長石、有色鉱物)が混ざれば、砂は灰色や茶色になります。川がない宮古島では、海の中で生産された「白い骨格」だけが純粋培養され、ビーチに打ち上げられるのです。

来間海峡という「選別機」

なぜあそこにだけ砂が集まるのか? それは水理学的トラップの作用です。

来間海峡の速い潮流が、ラグーン内で生産されたサンゴ礫を砕き(粉砕作用)、運び(運搬作用)、そして前浜の緩やかな湾曲部で流速が落ちた瞬間に堆積させます(堆積作用)。

アルカリ性の湧水がサンゴを育て、そのサンゴが砕けて砂になり、潮流がそれをビーチに運ぶ。 数万年スケールで続くこの地質学的サイクルが、あの絶景を作り出しているのです。

5. 他地域との地質比較

地質の違いがいかに景観を変えるか、表にまとめてみました。

特性 宮古島(琉球石灰岩) 本州の一般的沿岸 沖縄本島北部(変成岩等)
陸水の供給 地下湧水(透明・溶存態) 河川水(懸濁態) 河川水(赤土混入)
栄養塩環境 貧栄養 富栄養 中〜高濃度
優占生物 造礁サンゴ 海藻・プランクトン サンゴ・海藻混在
嗅覚的特徴 ほぼ無臭 磯の香り(DMS) 磯の香りあり
砂の起源 生物骨格(白) 岩石鉱物(茶・黒) 混合

結論:美しさは「地球の営み」そのもの

宮古島の海が美しく、臭わず、白い砂浜が広がっている理由。それは以下の地質学的条件が奇跡的に揃っているからです。

  1. 多孔質の石灰岩が、陸からの土砂を完全にシャットアウトしている。
  2. アルカリ性の地下水が、海を化学的に安定させ、サンゴの石灰化を助けている。
  3. 貧栄養な環境が、海藻や不快な臭気の発生を抑えている。

この景色は、120万年前から続くサンゴ礁の形成と、地下水の循環が生み出した芸術作品です。 次回の宮古島旅行では、ぜひ足元の「石」を拾い上げ、海中から湧き出る「水」の冷たさを感じてみてください。その背景にある地球のストーリーを知れば、旅はもっと深く、面白くなるはずです。


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